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二宮尊徳に興味を持ったのは、 ジョージ秋山の漫画を読んでからだった。
それまでは、 「道徳に厳しいエライ人」くらいの認識しかなかったのだった。
小学校の校庭に建っていた像も、 小学生だった僕にはありふれた人、という以上の認識でしかなかった (今思えば残念なことだ)。
…そんな見方が一変したのがジョージ秋山氏。
悩み・女性に惑う金次郎がそこにいた。
しかし、残念なことに、どの雑誌に連載していたのかよく分からないまま、 月日だけ過ぎていった。僕が読んだのは、 漫画雑誌に連載中の1回きりだったのだ。
しかし、興味は残った。
数十年後。
wikipedia で、ふと彼に再開した。人間臭い一面を見た。
復興に失敗(?)して住民からも疎んぜられ、成田山に篭る日々。
聖人なんかではない、 試行錯誤しながら村を良くしようとする、 現場志向の情熱と挫折の人がそこにいた。
--
弟子がなぜ尊徳の教えを残したのか。
彼らがどうしても残したかったからだ。
尊徳に命ぜられて教典を残した、なんてことでは全くない。
僕はいつのまにか変な先入観をもっていたようだった。
弟子が残したくて残したくてしょうがなかったのだ。
俄然、尊徳の書にも興味が湧いてきたのだった。
学として発展させることこそが後世の我々の師への恩返しだ。
| 分度: | ぶんど。分に従って度を立てること。尊徳においては,自己の財力に応じて予算を立て,合理的な生活設計を行っていくこと。 |
時に、天道・悟道・人道、それぞれが矛盾しているように見える。
時に、仏教・儒教・神道、それぞれが矛盾しているように見える。
しかし、これは矛盾ではない。
「群盲像を撫でる」すなわち、カテゴリー論なのだ。
「夜話」p.124〜 に「三世の説」のお話がある。 「三世の説」の教訓はもちろん大事で、 稲盛和夫氏も「30年のスパンで見よ」と言われていますし、 僕達は100年のスパンで全て考えていかなくてはならない、ということなのだけど、 ここで注目したいのは、師の
仏教で三世の因縁を説くのは、儒教の及ばないところだ。(「夜話」p.124)
の一節。
仏教・儒教・神道、それぞれで矛盾しているように見える箇所も、 実は補完して「尊徳教」「日本教」とでも言うべき形に止揚されている点だ。
師を学ぶのはここにあると、と僕は考えている。
| 悟道 | 仏教・儒教・神道 |
|---|---|
| 人道 | 貯蓄、善悪 |
| 天道 | 仏教の輪廻・儒教の循環(夜話 p.126) |
天に善悪はない。
師曰く:
果樹というものは、ことし沢山みのると、翌年はきっとみのらないものだ。これを世 間で年切り(としぎり)という。…人の身代に盛衰貧富があるのは、ちょうどこの年切り のようなものだ。親は勤勉でも子は遊惰だとか、親は節倹だが子は驕奢とかで、二代 三代と続かないのは、いわゆる年切りであり循環輪転なのだ。もしこの年切りがない ように願うならば、果樹の手入れ法にならって、わが推譲の道を勤めるがよい。 (「夜話」p.127)
二世の犯罪にも書いたようなことを避けるためには年切りが必要。 つまりは100年スパンの思考が必要、ということなのだ。
師曰く:
ひとはよく、万物は土より生じて土に帰るというが、これもまた真理を尽くしていない。 (「夜話」p.134)
天道と人道の両方が必要な所以だ。
これを三浦つとむ氏は「いつもそうとは限りませんよ」と分かりやすく諭した。
また、暗黙知の理論から言えば、不完全性定理がこれを応援してくれるだろう。
無利息金貸付の道は、元金の増加するのを徳とせず、貸付高の増加するのを徳とする。 (「夜話」p.142)
人は生まれれば必ず死ぬべきものだ。死ぬべきものだということを前に思い定めてお けば、生きているだけ日々にもうけものだ。(「夜話」p.142)
もちろん、これは虚無心から出た言葉ではない。 悟り(悟道)、皇国を発展させる(人道)道なのだ。
「夜話」p.156 の「地獄極楽と因果応報」節は、 仏教・儒教、仏教の中でも念仏宗・法華宗、人道と絡めて、妙味抜群だ。
迷わず、この言葉を肝に銘じたい。
人みな銘々、おのれの家産・田畑はおのれに作徳がある。 …田畑は美しくととのって、米麦百穀を生み出す… …この地がすなわち極楽なのだ。(「夜話」p.157)
師の言われる「譲」がよく分からなかったのだけど、やっと解説されている箇所に 巡りあった:
譲とは、衣食住の三つを他に及ぼすことをいう。この譲には、いろいろある。今年の 物を来年のためにたくわえるのも譲だ。それから子孫に譲るのと、親せき友人に譲る のと、郷里に譲るのと、国家に譲るのとがある。その身その身の分限によって、つと めて行うべきだ。(「夜話」p.165)
人道、と言うと大変広い言葉になるけども、師は一言に要約して下さっていた:
人道は貯蓄一つで成り立つとさえいえる。(「夜話」p.168)
各宗教を統合するのが報徳教なのだけど、その時、 各宗教の明らかな間違いに言及する時もある。
その一つが、仏教の来世観だ。
仏教家は、この世は仮の宿で、来世こそ大切だと考える。来世の大切なことはもちろ んだが、今世を借りの宿として軽んずるのは間違っている(「夜話」p.180)
毛利元就の言葉を、大将の野望として認めつつも、報徳の道とは異なることを 指摘されている。p.183
生計に不測を生じたならば、すみやかに枝葉を切り捨てるがよい。このとき、これは 先祖代々のしきたりだとか、やれ家風だとか、これは親が心をこめて建てた別荘だと か、これはことに愛がんした品だとかいって、無用の枝葉を切り捨てることを知らな ければ、たちまち枯れ気がつくものだ。すでに枯れ気づいてしまっては、もう枝葉を 切り去っても間に合わない。これは富裕者の子孫が最も心得ねばならぬことだ。 (「夜話」p.204)
文献1 p.24〜に水車哲学の解説がある。
天の理と共に人の理があり、 「人の理は時に天の理に背いてでも貫き通す」というものだ。
これを暗黙知の層の理論から捉え直せば、こうなる:
尊徳の社会復興の原理は:
収入 > 出費
に集約できる。これに尽きる。 師はこれを「分度」と呼んでいる。
原理は簡単なのに、実践は難しい。借金・博打・災害…。 この原理を崩す要素は実生活に満ちている。
しかし、この原理を守ることこそが復興のためのフレームワークなのだ。 当時金次郎のみが厳しい少年期の体験を通じて血肉として 覚えていた。…このことの厳しさを僕は知らなければならない。
世界最古の協同組合である「五常講」は、 集団力で「入るを量って出ずるを制する」を実践するための仕組みだ、 と考えられる。 災害にあった時、一人で復興するのは難しい。 そこを乗り越えるのが集団の力なのだ。
「収入 > 出費」
言うは易く行うは難し、だ。家老という武士のエリートに対し、 下層民である農民の金次郎が「出費を減らせ」と言って すぐにうまく行くわけもない。
うまく行かなかったからこそ、今の惨状を服部家本人が迎えているのだ。
家老の抵抗をどう解決するか…。文献1. の 4章はその点が興味深かった。
金の貸し借りは、一人ひとりの「収入 > 出費」原理とは次元が(=層が) 異なる話となる。
しかし、ここにも尊徳のフレームワークが生きている。 金の貸し借りは、三方良し (借りた方がそれによって一時的な急場をしのぎ、後、豊かになる。 借り方は、若干の金利を得、豊かになる。 そして、社会全体が豊かになる。) の範囲内で行うものと言われる。
博打も「収入 > 出費」原理の範囲内ならまだいいのかも知れない。 しかし、得てしてこの原則は破られ、そして金貸しが追い打ちをかける…。 こうなってはこのフレームワークはがたがたに崩れていくのだ。
しかし、尊徳は、金融自体を否定していない。 むしろ、道徳との融合を目指している。 文献1 は深くは触れていないが、この分野についても 尊徳の原典にあたって読んでみたいものだ。
氏の金融的側面の功績に目を奪われてつい 「自らは農業をしなくなり金勘定(金の出入り)だけうるさい人」 と思いがちなサイトを見かけたのだけど、これは大きな誤解だった。
氏の堰の青木堰(後述)だけにとどまらず数多くの用水路開拓や、 実現しなかったとは言え江戸幕府に登用されたときの最初の事業 「利根川分水路測量調査」など、 経理マンには不可能な事業を行っている。
やはり、農業実践家でなければできない仕事だ、と改めて感じ入った次第。
僕が氏を信用するのは、氏が口だけの評論家・思想家ではなく、 自ら実践した人だからだ。
両親死別・一家離散を乗り越え、31歳の時には3.8ヘクタール ≒ 100m x 380m の地主となっている。今で言えば、資産数億円ぐらいだろうか (100m2あたり100万円とした場合、3.8億円)。
31歳にて資産数億…なるほど、小田原藩家老 服部家が再興を依頼するのも分かる。 そんじょそこらのプチ成功者のレベルではなかった、ということだ。
文献1 を読むと、「彼はあくまで体制内改革者だった」 と批判する人がいるようなのだけど、皮相な意見ではないだろうか。 そう思うのなら、ぜひご自身より良い社会を実践してから述べてほしいものだ…。 そうでないなら、批判などする必要もない。
ユーモアの金次郎:
「夜遊びをやめたからくり」…こういう言葉の使い方の中にも金次郎なりの工夫がみられる。 …ユーモアに満ちている。(文献1 p.74)
金次郎は人たらしでもあった:
…人間巧者の金次郎… (文献1 p.235)
…しかし、わたしは金次郎の本当の遺言は、安政二(一八五五)年十二月三一日 の日記に書かれた文章だと思っている。 「予が足を開け、予が手を開け、予が書簡を見よ、予が日記を見よ。 戦々兢兢深淵に臨むが如く、薄氷を踏むが如し」 (文献1 p.282)
成田山で睨み合っていた不動明王の炎そのままの、 燃えるようなヒューマニズムと社会悪への怒りだろうか…。
…と思ったのだけど、二宮翁夜話の解釈は違ってたw
「開け」は「啓け」で、「調べてみよ」の意味らしく、元は曹氏(そうし)の言葉らしい。 両親より授かりし手足に何の傷も付けること無く今まで生きてきた、 と言うことのようだ(夜話 p.289)。
最近(2018年9月)知った、師の青木堰の功績も大変興味深い。
よみがえる金次郎。 ハードボイルドなそのタイトルに思わずニヤリとしてしまったのは僕だけだろうか。 いや、冗談はさておき、大変興味深い内容だ。
薪を背負う金次郎の画像は、幸田露伴著の「二宮尊徳翁」のさしえ挿絵がはじめてです。 後に、農商務省の委託を受けた秋日田家図(幸野楳嶺画)に、薪を背負って本を読む少年 金次郎の絵が登場します。明治43年(1910)になると、岡崎雪聲(せつせい)の鋳 金による金次郎像が制作され、東京彫工会に出品されます。それを宮内省が買い上げ、明 治天皇の机上に置かれ愛用されていたことが、二宮金次郎像を世に広めるもとにもなりま す。現在この作品は、明治神宮の宝物となっています。 (「【弐】校庭の金次郎像」より)
氾濫する桜川。その度に決壊する青木堰。毎年の出費は今の金額で数千万[円/年] にのぼり、なんとこの土地の代官は費用負担を村に全て押し付けることに。
とうとう青木堰も見捨てて水田も荒廃・人心も荒廃し、 130戸あった村も最悪期には30戸にまで衰退する有様。
この難しい青木堰の再建工事にとった二宮尊徳氏の採ったソリューションが 前代未聞だった。
さて、どうしたか、ここで答えを出さずこのページを読んでくれている奇特な方も 考えて欲しい。