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ディスカバリー傑作選「アッティラ大王の呪い」が面白かった。
考古学の発見から、通説を覆す説が浮上してきている。
古代ローマ時代の都市トリーア(現ドイツ領)は 最盛期(1〜2世紀)人口80,000人。が、5世紀には5,000人に。
墓の多くはアッティラ生誕100年前。
トリーアはアッティラ侵略前に衰退していた。皇帝も既にここの宮廷から撤退。
トリーアの温泉施設が未使用のまま放棄されている。 アーチが削られている。 痕で付け足された薄い壁。 変更後は兵士の宿舎。
娯楽施設から軍事拠点に。 国境に蛮族が押し寄せていた。
5世紀、アッティラ進行時のトリーアの墓の人骨は、
ac170年建設。仕上げの装飾が途中でやめられている。 扉の跡がない。
→ 都市の力の誇示であり、戦争のための城門ではなかった。
当時の古代ローマの影響外。
しかし、「未開」は誤解では?、と僕は思う。歴史のページにも書いたが、 自らが招いた理由(*)で衰退したローマ人から観て、勃興する異国の騎馬民族を 悔し紛れに「蛮族」と呼んだのだ、と。
結論は意外と穏やかだった。
フン族の領土の骨とローマ帝国の骨の比較。歯の組成で移動が追える。
2つの骨の歯の組成は似ていた。 ローマ人は移動し、フン族とも交流していた。 ローマ人と蛮族の区別が曖昧になっていた。生活様式がゆっくり変わっていった。
他の国境都市も同様の形跡が観られるとのこと。
戦争ではなく、ソフトパワーによってアッチラはローマの都市の地位を明け渡したのだ。